拝啓お母さん
ートリコロールに吹く風ー

 お母さんは、後ろ髪を引かれる思いで、天国への階段を昇って行ったことでしょう。
 僕は47歳で、突然に脳出血を発症して、利き手を含む右半身不随の障害者になり、その1年半後にお母さんは、81歳で天国へ行ってしまいましたよね。
 その頃の僕は、杖を突いて、トボトボと歩くのが、精一杯という状態でしたからね。
 リハビリに励みましたが、利き手が使えないのは致命的で、歯科医師の仕事には復帰できず、愛媛労災病院を退職しました。

 この時期の僕は、自分の存在価値を全く見出せず、「いっそのこと、お母さんの所へ行ってしまおうか!」とも考えましたが、お母さんが悲しむだろうと思って、こちらに踏み留まりました。
 退職後も、労災病院へ通院して、リハビリを続けました。元同僚の先生や、看護師さん、特にリハビリ療法士の方々は、いつも僕を励まし、とても良くしてくれました。
 多くの人に、応援してもらって、リハビリに精進した結果、発病直後の容体からは、想像もできないほどに、元気になりました。
 また、お母さんと病院職員宿舎で、一緒に暮らしていた時、左手足が不自由だったお母さんの為に、二人で考えた色々な工夫が、僕自身の日常生活に、とても役立ちました。そして今では、僕は自立して、一人で暮らすことが、できていますからね、安心して下さい。

 それからね、お母さん、わずかでも人様のお役に立てればと思って、ボランティア活動を始めたのですよ。障害者の僕ができることは限られますが、傾聴ボランティアというのをやっています。心を傾けて、じっくり相手のお話を聴かせて頂くボランティアで、主に高齢者のお話を傾聴させて貰っています。
 お母さんが生きていたら91歳ですが、同い年の方もいらっしゃいますよ。人生訓になるようなお話も多く、楽しく有意義に活動しています。

 おしまいに、お母さんを驚かせる話があります。最後に僕を見た時の様子からは、信じられないことでしょう。
 僕自身も諦めていたのですが、学生時代から続けていたヨットに、また何とか乗れるようになったのですよ。マリーナの仲間や、スタッフの皆さんに助けてもらって、再び海に出られるようになりました。
 燧灘(ひうちなだ)に、青―白―赤の横縞トリコロール・セール(帆)が天国から見えたら、それは僕が乗っているヨットですから、お父さんと一緒に、千の風になって吹いて来て下さい。
 セールにいっぱい、いっぱい、千の風がはらんだら、僕はもう寂しくなんかありませんからね。それじゃ、また! お父さんにも宜しくね。

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