大好きだった両親へ始めて白いポストに出す手紙

 西条市立図書館に白いポストが設置された。主人が見に行こうと云って、白いポストの側に立ってみた。撫でてみた。なんだか胸にジンと来た。嬉しい気分になったよ。
 今迄は天国へ旅立った人には、お便りを出すポストはありませんでした。毎年父の日、母の日にはお便り出したくても出せませんでしたが…この白いポストには胸を張ってお便りを出せますょネ。
 父ちゃん「満」みつるちゃんと母ちゃん「君江」きみえちゃんにお手紙を書きますね。
 父ちゃんは、六十七才。母ちゃんは、六十四才で天に召されましたね。
 終戦後、満州より長女の私が、五才の時に三人の子供を連れて引き揚げて内地へ帰るのは、大変な苦労でしたね。
 無事に舞鶴港に着いた時に、母ちゃんが「トシ子ちゃんお船が沈んでるよ」と抱っこして見せてくれましたね。今でもはっきり覚えているよ。色々大変な事がいっぱいあったでしょうに、日本に連れて帰って下さりありがとうございました。感謝致します。
 父ちゃん、天国でもみんなに好かれている事と思います。
 私が小学生の頃に、いつも云ってた口癖は、「今頃満州に居たらトシ子はお姫様だったのに」その言葉を背中で聞いてたよ。だから私はお姫様大好き人間になったのかもネ。シンデレラ姫、白雪姫、ねむり姫、親指姫、あんみつ姫、八重垣姫、篤姫…お姫様大好き、父ちゃん大好き、ありがとう!
 大人になってる私に、ある日「姉ちゃんお風呂に入る時、どこから一番に入るぞね」と云ったねェ。そして私は「ふーん足からじゃね」と云ったら、父ちゃんは「それは一日中足さん御苦労様と足から入る様になっとるんじゃがね」と父ちゃんが教えてくれたね。
 色々な「言葉」を教えて下さりありがとうございます。いつも教えてもらった言動を思い起こし乍ら頑張っています。
 私は、この世から両親が天に召されて行くなんて考えもしなかった。ずっとずっと私達の側に居てくれると信じてました。生きて居てほしかった。長生きしてもらいたかった。もっと〱親孝行させてもらいたかった。といつも思っています。
 母ちゃんは初孫が生れた時から我が家に通って下さり、私が仕事している間タオル洗って干したり、孫の世話をし乍ら家事を手伝ってくれたり、夜中の一時位迄も居てくれて…ボタン雪がふわりふわり舞ってる中を頭からショールを被り自転車で帰って行く後姿に何度手を合せ涙したでしょうか。
 心の中ではいつも感謝していますのに、はっきりとお礼を云ってなかったよネ。今ここで云わせて 下さい。母ちゃん孫のお世話を長い間、愛を込めてしていただき本当にありがとうございました。感謝しています。
 今年で私の仕事も開店以来五十二年を過ぎようとしています。いっぱい、いっぱいありがとう。次女の七奈も開店十一周年を迎えて元気にしてますからね。
 君江ちゃん、お花が大好きだったね。天国の花園でいっぱいの花々に囲まれている笑顔が見えています。
 時々逢いたくなります。涙が出ます。「母ちゃん」、「母ちゃん」と云ってみます。私は七十二才にもなったのに、私にとってはやっぱり母ちゃんなんです。
 千の風になって三階の天窓から何時でも遊びに来てんよ。天窓から夜空を見ると、お月様、お星様「父ちゃん」「母ちゃん」と声を出してみます。まだ〱私は子供です。
 満ちゃん君江ちゃん、千の風、千の風になって愛媛県西条市を出発して、初孫の見佳達家族の住んでる大阪富田林市、北海道七飯町、新潟県新潟市、東京都、愛知県、九州、日本全国はじめ世界中を旅して下さいね。そして又、四国霊峰石鎚山から千の風石鎚おろしとなって西条市を吹き渡って下さいね。 「ちょっとでも良いから私の家の天窓から笑顔を見せてんよ」
 いつもいつも待っているからねバイバイ
 又ゆっくりお話したいな…。
 父ちゃん母ちゃんありがとう、二人の子供で良かったよ。ありがとうございます。  平成二十五年五月二十七日

次の作品へ