天国の父へ

「もう病院へ来ないで。」

これは、私が二女を産んで三日目に産婦人科の廊下で走り回る長女の世話をしていた父に言った言葉。まさか、この言葉が本当になるなんて、その時の私は思ってもみなかった。

父は幼い時のはしかの高熱がもとで、脳炎をおこし、身体障害者となった。耳が遠く知的障害があるため「馬鹿にされるから」との理由で、小学校にさえ行かなかった父。母との結婚は、見合いだった。土木作業員や、ブロックの製造などの職を転々としながらも真面目に仕事を続けた父のおかげで、父母と兄、私の四人家族は貧しいながらも、生活をすることができていた。

小学校の頃、ミニバレーを習っていた私は夜の練習の後、皆が保護者に車で迎えに来てもらっている中、一人だけ自転車で迎えに来る父が恥ずかしくて「来なくていいよ。」と何度も言った。そんな時父は、いつも苦笑いをしながらも、次の時にはまた同じように迎えに来てくれていた。

兄は中学卒業後すぐに就職したが、私は奨学金を借りて、高校大学と進学し、中学生の頃から憧れていた教師になることができた。結婚し、家を出て長男、長女を出産してから、今まで自分がどれだけ父や母に助けてもらっていたかを知ることができた。高齢の為、仕事を辞めることになった父のもとへ移り住み二女の妊娠がわかった時『これで、長い産休育休がもらえる。今まで仕事や育児で忙しくて親孝行ができなかった分、父と母を色々な所へ連れていってあげよう』と真っ先に考えた。

「もう病院へ来ないで。」この言葉の通り父が病院へ来ることはなかった。その日は、四月の朝から暑い日だった。父は地区の朝の清掃に参加した後、なすを畑に植えてから私と二女の見舞いに来てくれた。家に戻ると父は、「ここ(胸)が痛いから湿布を貼ってくれ。」と母に頼み、そのまま昼寝をした。しばらくして母が見に行くと、既に父の意識はなかったそうだ。父は心筋梗塞で亡くなった。

父の葬儀には、家族でも知らない人が沢山来てくれた。障害があっても、誰に対しても気さくで明るい父の人柄が慕ばれた。そして、そんな父に育ててもらったことを、心の底から誇らしく思った。

素直でない私が、ずっと言えなかった感謝の言葉を、今改めて父に伝えたい。

「お父さん、本当にありがとう。」

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