娘へ、二つのありがとう

梅雨の晴れ間の樹木葬地は美しい。墓標樹のサラサドウダンやツバキの若葉が瑞々しく際立っている。

旅立つ人を送る仲間の奏でるオカリナの音が、小鳥の囀(さえず)りと混じり合ってかすかに聞こえてくる。

三十四歳の若さで亡くなったあなたが、山桜の下に眠ってからもう六年になるね。

長男を身籠り、数ヶ月後に胸のしこりに気づき、いくつもの精密検査を受けながら無事長男を出産した。その二日後、無情にも乳癌を告知された。予感があったのだろうか、嬰児(みどりご)を抱きかかえ「この子が不憫だ」そう言って涙を流していた。

抗癌剤、手術、放射線治療と耐えていたのに、医師も驚くほどの速さで、癌は肺や皮膚に転移し、あなたは逝ってしまった。この時愛児は、まだ一歳六か月だった。

あなたの最後の一月(ひとつき)半は病院だった。激しい咳、皮膚の床ずれ、付き添っている方が辛くなるのに、あなたは一言も荒い言葉を吐かなかった。むしろお世話になる看護師さんたちには、柔らかな笑顔で感謝の日々だったね。

人は誰もがこのようにして逝けるものだろうか。本来なら親が示す終末の態度を、私はあなたから教えられた。「ありがとう」

あなたは、辛かった療養のなかで、最愛の息子への思いを書き残していたね。「まわりの人の言うことをよくきいて、たくさんお出かけにつれて行ってもらうんだよ」「たくさん本を読み、音楽もたくさんきくんだよ」「男の子はやさしくなければいけません。とくに女の子にね。とても大切なことだからね」と。

長男は今年小学二年生になった。よき方たちに囲まれ、あなたが望んだように、やさしく、はきはきした子に育っているよ。

最近、遠くへと転居して会えなくなっているんだ。だから墓標樹の周りにあなたの好きだった花々を植えることはできても、成長の様子を報告できなくなってしまった。「ごめんな」。

いつの日か、孫はあなたを恋しく、あなたの全てを知りたいと思う時がくるだろう。五年先か、十年先か…。私はその日のために、あなたが宝飾デザイナーとして残した膨大な資料を整理し、親だけが知るあなたの生い立ちと闘病記を書き続けているよ。

全てを報告できる日、孫は学生服姿か、背広姿か、想像するだけで生への活力がみなぎってくる。

あなたには、先に「死に様」を教えられ、今は「生きる力」を与えられている。

「ありがとう」

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