兄貴

兄貴、兄貴が遠くへ旅立って、もう三年になる。お袋は今でも元気でいる。お袋は今年一〇五歳になる。明治、大正、昭和、平成と四つの時代を生き抜いて来たお袋は本当に立派だ。戦後、物のない時代に兄貴や僕のために身を粉にして働きづめだった。それに比べると兄貴は結婚もせず家族も持たずに自分の生きたい様に生きた。若い時から酒と、賭け事と、女だけの一生だった。他人に迷惑ばかりかけていて、その後始末をするのは、いつも、お袋の役目だった。身寄りのない兄貴の葬儀は僕がした。本当に寂しい葬儀だった。骨ももちろん僕が拾った。高齢の母は、葬儀に出席する事ができず寂しい思いだったと思う。僕が兄貴の骨を持ち帰った時、小さな骨つぼを、しっかりと胸に抱き背中を丸めたまま、まるで赤子を離さないかのように涙が枯れるまで泣きくずれていた。お袋の後姿は今でもはっきりと憶えている。年老いた母にとって我が子が親より先に亡くなったほど、つらい事はない。最近、母も、めっきり体が小さくなり、その後姿を見る度に少し哀れになる。それも、きっと兄貴のせいだと思う。兄貴は亡くなってからも、お袋を悲しませている。それでも兄貴の命日になると、炊きたての白い御飯を一番に仏壇に供え、じっと目を閉じて、そのやせ細った両手を合わせている。若いころからずっとお袋に心配ばかりかけっ放しの兄貴だったが、お袋は、きっと兄貴の事を心から愛していたにちがいない。だから兄貴せめて、これからもお袋がいつまでも元気で長生き出来るように遠い空の彼方から、お袋を見守っていて欲しい。それが兄貴がたった一つのお袋にする初めての親孝行だと思う。兄貴よろしくたのむ。

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