お父ちゃんへ

お父ちゃん、今年初めて手作りみそに挑戦しました。大豆と麹を樽に詰めて、最後の重しはやっぱりお父ちゃんの石です。

お父ちゃん、そちらでどうしてますか。黙々と石でも磨いているのかな。

誰も引き取り手がいないので、あの石、私がもらってきたんだよ。玄関、台所、机の上…、家のあちこちに大小さまざまな石がいる。

「こんな石に大金かけて……」とお母ちゃんが嘆いていたけど、私もそう思っていたよ。でも本当に石が好きだったんだね。石にどれほどの値打ちがあるか、今でもよくわかりません。でもお父ちゃんの石は健在です。 冬はたくわん樽の上でどっしりと、夏は冷蔵庫の浅漬けの上で涼しい顔して座ってます。

 土地もお金も物も何にも残さないで、こんな石っころいくつも残していくなんて、いかにもお父ちゃんらしいよ。 石は何十年たっても全然変わらないから、私はいつまでもお父ちゃんのことを忘れられないのです。

 末期のがんで徐々に食べ物がのどを通らなくなっていったのに、「苦しい」「つらい」と弱音を全然言わなかった。おかゆでさえ通りにくくなっていたのに、私が食べやすいものを作って持って行くと「おお、来たか、うまそうだなあ」と笑って受け取ってくれたね。実際はもう食べられなかったのに。

 あるとき「何か食べたいものないの」と聞いたら、「鯛みそ」と小さい声で言った。

 あちこち店を探し回ってやっと見つけた小瓶を見て、「ああ、よくあったな」と喜んでくれた。ほんのちょっぴりなめただけだったけど、あれが最後の食べ物になるなんて。

 翌朝病院に行ってあっという間に亡くなった。初めて顔に触った。冷たかった。泣かないと決めてたのに、涙が止まらなかった。

 お母ちゃんだけが苦労していると子ども心に思って、仕事一筋のお父ちゃんに心を閉ざしていた。大人になってからも、傷つけるひどい言葉を投げかけたこともあった。お父ちゃんは悲しい顔をして黙って聞いていたね。思い出すと今でも胸の奥がきりきり痛む。ほんとうにごめんなさい。 生きてる間は一度も言えなかったけれど、今は何度でも「お父ちゃん お父ちゃん」と呼べます。呼びたいです。 こんな娘ですけど、今からでも甘えていいですか。

 お父ちゃん。

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