涙色の花束バスケットとロシアンブルー

その日は私の五十五回目の誕生日でした。      

「今日は早目に帰るよ」と言い残し普段通り出勤して行った夫。夫の中では私への誕生日プランが組まれていたのだと思います。そして正午前、会社より突然の電話……「今、救急車を手配しています、意識が混濁しています」と。無事を祈りながら急いで病院へ駆けつけましたがすでに意識は無くベッドに横たわる昏睡状態の夫の姿があるだけでした。病名は脳幹出血で「出血量が多く手術できません」と医師から説明を受け、ただ見守ることしかできない病状でした。そのような厳しい状態で何とか二日間頑張ってくれましたが私の誕生日から二日後の早朝、静かに天に召されていきましたね。

傷心の中、自宅に戻ると留守宅に届いていたのは私の誕生日用に生前の夫が手配していた宅配の生花バスケットでした。最後のプレゼントに胸が熱くなるばかりでしたよ。そのスイトピーの生花バスケットは葬儀の時、急遽、焼香台に飾る事になり涙色の花束になってしまったけど、こんなはずじゃなかったよね。

 葬儀から一カ月が過ぎ次男の卒業式に使う衣類を探すためクローゼットを開けたところ奥の方から赤いリボンのかかったデパート包装のプレゼントらしきものが……もしや? と思い開けてみると茶系の花柄手提げポーチだったので一目で私への誕生日プレゼントだと気付き、その場で呆然と立ちつくしたこと、今でも鮮明に覚えています。年に何度も温泉旅行に出かける夫婦でしたので食事処への移動時「ルームキー・財布・スマホが収まるポーチがあるといいな」と話した事を覚えていてくれたのですね。花柄だけど派手でもなく地味でもない落ち着きのある上品なポーチはまさに私好みでしたよ。できることなら私の誕生日に直接『ありがとう』と旦那様に伝えたかったけどね。

あれから二年半の日々が過ぎ私の心に空いた大きな穴はそのままでしたが、最近ロシアンブルーの子猫を飼いはじめました。運動好き、落ち着いた性格、そしてシルバー色の毛並みが旦那様のようです。毎朝、仏壇の前で「南無~」と子猫ちゃんと一緒に手を合わせていますよ。心に空いた穴も少しだけ小さくなったみたいです。

旦那様を失ったショックでしばらく温泉にも行っていませんでしたが今度、女友達を誘って手提げポーチを携え温泉を楽しんできますね。だから旦那様も天国の温泉にのんびりと浸かりながら私と愛する子供達をいつもの穏やかなお顔で見守っていてくださいね。

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