とうちゃんがいっぱい

とうちゃん、あなたが逝ってから十三回目の命日が巡ってきました。外出先で心筋梗塞の発作をおこし、家族の誰にも見守られることなく、救急車の中で静かに息をひきとりました。

私たち家族は、突然のことに嘆き悲しみました。看護師として働いている病院で、同じ年齢の人を看護しながら「この人は生きているのに、どうしてとうちゃんは死んじゃったんだろう」と思い、くやしくてたまりませんでした。スーパーであなたに似た人が買い物をしている姿を見ただけで、なぜだか涙があふれてきて、急いで帰ったこともあります。

私が看護師になったのを誰よりも喜んでくれたあなた。いざとなったら、いつでも看病をするつもりでした。一番の後悔は、あなたの看病を一度もできなかったことです。一週間、いや一時間でもいいから、手を握りしめて一緒に最後の時間を過ごしたかったのです。

 でも、ある時から、考え方を変えました。それはあなたの日記を見たからかもしれません。日記には、八十五歳までの予定の中に四人の孫たちの進学や成人式も記入されていました。予定よりも十五年も早くに亡くなり、さぞ心残りだったことでしょう。「病院のベッドで何本もの管につながれて生き延びるのは嫌だ。死ぬ時は誰の世話にもなりたくない」と書いてありました。あなたの希望通りの最後だったのですね。

 あなたを看病できなかったかわりに患者さんを看病しよう。あなたと同じぐらいの年齢の患者さんを父親だと思うことにしました。私には、とうちゃんがいっぱいいるのです。もしこの患者さんがとうちゃんだったら、と思うと厳しいことも言えるようになりました。

 熱いタオルで患者さんの背中を拭きながら「長生きしてね」と言うと、照れくさそうに笑って「ありがとう」と言ってくれます。

 十三年の間に何十人ものとうちゃんを看病してきました。これが私の使命なんだと思います。これからもできる限り、いっぱいのとうちゃんを笑顔にしていきたいです。あなたはそんな私を見て、

「わしのことはもういいから、仕事がんばれよ」と見守ってくれている気がします。

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